白い奇蹟：第四章

白い奇蹟
第四章

　夜が明けた。
　今日は、デスの衣裳合わせの日だ。
　朝食を早めに摂ったふたりは、エンプレスとの約束の時に城に赴くよう身支度を始める。実際の予定は昼近くで、衣裳が決まり次第に宮中での食事への誘いも受けていた。充分な時間的余裕があるにも拘わらず、双方は落ち着きがない。
　デスは、初めて着る衣裳への不安。
　ハイエロファントは、彼女が身に纏う衣裳への期待。
　そしてふたりは同時に、翌日まで迫った結婚式への深い想いを抱いていたのだった。
　普段は沈着な雰囲気を持つ法王ですら、用もないのに玄関の広間あたりをうろうろしている。後は約束に遅れないように城へと向かえば良いだけなのだが、やはり全身を締め付けるような緊張感は否めないようだ。
　その途端、突然。
　入口の扉が、軽やかな調子で二度、外部から叩かれた。
　ハッ、と気付いたハイエロファントが、流れるような動作で取っ手を掴んで押し開ける。
　そこには、両手を後ろに組んだ長身の男性が立っていた。
　「おはよう、エロファント」
　低音を基調とした声色で、当たりの柔らかな空気を感じさせる口調だ。
　法王は即座に笑顔になり、挨拶を返す。
　「やあ、マジシャン。おはよう。久し振りだね」
　名前を呼ばれた男性は、口許に微笑を湛えた。
　茶色の長髪を真ん中で分けて、額に橙色の布を巻いている。黄色地に朱が入った綿織りの着衣の上に、鮮やかなほど真っ赤なローブを着ていた。年齢は、見た目で法王よりも五歳は上だろうか。目鼻立ちがくっきりとしており、落ち着いた雰囲気を全身から醸し出している。
　ハイエロファントが、続けて問う。
　「どうしたの？　こんな早くに」
　「どうした、ではないぞエロファント。まあ、確かに少し早いかとは思ったが」
　呼吸をひとつついて、青年が言葉を繋げる。
　「結婚すると聞いたものでな。一足先にお祝いを言いに来たのであーる」
　「ホント？　わざわざ来てくれたんだ。ありがとう」
　「こらこら、まだ礼を言われることはしてないぞ。先に言われてしまったな。ところで・・・デスはいるかな？」
　未だに後ろ手のままで、男性が伺う。
　すぐさま、奥に向かって法王は彼女の名を呼ぶ。
　僅かの後、この広間に伸びている廊下の折れ曲がった角から、デスが姿を現す。何事かと言いた気な表情でハイエロファントを見詰め、やがて玄関先に立つ青年を両眼に映して訝しそうな眼差しへと転換させる。
　それを確認すると、法王はマジシャンを中に導き入れた。
　「おはよう。今度結婚されると伺ったもので・・・」
　青年が死神を真正面から見て、挨拶と訪問の理由を立て続けに口にする。
　しかしデスは、それには何の言葉も発さず、ただ怪訝な色の瞳を向けているだけだ。
　直後、マジシャンは軽い咳払いをひとつして、背後に隠し持った物を大きな腕の動きで前面に掲示した。それが一瞬で、その場の全員の視界に飛び込む。
　真紅の、薔薇の花束。
　それもかなりの本数がある。束ねた周りには、白と銀の装飾を散らした包み紙に、かがり合わせ模様のリボンを巻き付けていた。
　「うわぁ・・・凄い」
　法王が、感嘆の声を漏らす。
　対して死神は、無言で花を眺めている。
　したやったり、と言いたそうな不敵な笑みを浮べながら、青年がやや前傾姿勢になり、薔薇の束を両手でデスに差し出しながら言葉を繋げた。
　「ご結婚おめでとうございます、レディ。これは私からのお祝いです。どうぞ、受け取って下さい」
　そして、満面の笑顔で一回頷く。
　だが―――死神の表情は微塵も変化がない。それどころか、何の反応もない。
　空間の停止が、続いた。
　「あの・・・レディ？」
　痺れを切らしたかの如く、マジシャンが体勢を凝固させたまま声を出す。
　それを耳にして、漸くデスは動いた。しかし、彼女はまったく感謝や嬉しさを覚えた様子がない。青年に向けて、何故そのような行為をするのかと問いた気な疑念を隠すことなく前面に表す。その後は踵を返して彼に背を向けながら、突き放した口調で言う。
　「何だか知らんが、その花はハイエロファントに渡しておけ」
　唖然として凍り付いた男性を振り返ることなく、死神は再び廊下の奥へと戻っていった。
　暫しの、間。
　やっと自分を取り戻し、凍結を解除させた青年が残念そうに呟く。
　「男に花をやる趣味はないのだがな・・・」
　そして、法王に薔薇の束を向けて口を開いた。
　「まあいい。彼女の代わりに受け取ってくれ。これはお前たちふたりへの祝いでもあーるからな」
　「うん、ありがとう」
　にっこりと笑顔になったハイエロファントが、一際巨大な花束をマジシャンの手から自分の両腕へと抱える。途端、むせ返るほどの膨大な芳香が鼻を突いた。
　それから法王の勧めで、青年が食堂へと招き入れられる。
　手早く茶の仕度と、花瓶を用意して薔薇を活けるのを同時に進行しながら、ハイエロファントは食卓の椅子に腰掛けた彼に問う。
　「ところで、フォーチュンは元気？」
　その台詞にマジシャンは目を細め、両掌を卓の上で組み合わせて答える。
　「元気過ぎるほど元気であーる」
　答えは、法王を至極満足させるものだった。
　フォーチュン―――かつての『運命の女神』で、二ヶ月半ほど前にハイエロファントに敗れ、魔力をすべて失って赤子に転生した彼女は、現在マジシャンの許にいる。
　彼女がマジカルドロップを手にして、その封印を解く為の凶行を繰り返していた頃に、その行為をやめさせようと真っ先に闘いを挑んだ人物が、このマジシャンだ。彼は幼少の砌から魔術の研究に勤しみ、青年となった今ではこのマジカルランドでは右に並ぶ者がいないほどの水準にまで達した。この国で『魔導士』と言えば、最初に名が挙がるのが彼なのである。底の見えないほどに秘められた圧倒的な魔力と、術と魔法に関する熟練ぶりは、他国の魔導関連者にまで知れ渡っていたのだった。
　マジシャンは、伝説とまで言われたフォーチュンに前々から興味を抱いていて、是非逢ってみたい、と日頃から公言してはばからなかった。『魔導士』であるが故、膨大な魔術を操ると伝えられる彼女に魅せられるのは致し方ないことであろう。
　しかし、魔力の差が歴然としていた。
　魔導士は倒され、命こそ奪われなかったものの、それから一ヶ月ほど魔力がまったく使えない状況に陥る結果となってしまったのだ。
　その後、自分を見舞いに来たハイエロファントに対し、彼は事の次第とおのれが抱いていた気持ちをすべて話す。
　フォーチュンは私が救いたかった、と。
　彼の裡にあったのは、静かだが力強い感情。
　そしてその気持ちに呼応するが如く、法王は運命の女神に立ち向かうこととなったのである。
　彼女を倒したハイエロファントは、デスへの揺れ動く気持ちを抱きつつ、赤子に転生したフォーチュンを連れて『天空の女神』ワールドの許を訪ねた。経緯と結果を残らず話した法王に、女神は、自分も同行するのでマジシャンの家に行くように勧める。
　実際に乳児を見た魔導士は、女神から事情を聞いた途端に大変驚き、この人物にしては珍しく激しい動揺すら表した。しかしふたりからの語りを吸収していくうちに、フォーチュンに対する強烈な想いが昂ぶり、遂に彼女の身許を引き受ける決断を下す。
　それから、二ヶ月半。
　ハイエロファントに注いでもらった香の茶を静かに啜り、魔導士はしみじみと呟く。
　「あれから二月が過ぎたか・・・しかしな、今更だが私のところに連れてきた時にはどうしようかと思ったものであーるぞ」
　その台詞に、苦笑混じりで法王が返した。
　「ワールド様は、君に預けるのが最適だ、っておっしゃってたし、僕もそう思った。フォーチュンがこれから成長するに随って彼女を正しく導けるのは君しかいない、とも思ったよ。でもホント、突然で申し訳なかったね・・・」
　「まあよい。私もフォーチュンに関しては一方ならぬ感情が存在したのは事実であるからな・・・」
　少し自嘲気味に言葉を漏らした後、マジシャンは顔を上げて口許の笑みを絶やさずに話す。
　「それにしても、最初は勝手が判らずてこずったものであーる。大体だな、今まで子育てなんぞやったこともない私がいきなり“未婚の父”となってしまったからな。魔術書の代わりに育児書を読みまくって何とか体裁を整えたのは良いが、ひとり、誤解を解くのにえらく苦労した女性もいたからな・・・これには流石の私も参ったであーる」
　ハイエロファントが、眉を寄せて丁寧に言葉を繋げる。
　「彼女のことに関しては、本当に申し訳ないと思ってるよ。僕からも言ったんだけど、なかなか信じてもらえなかったっけ・・・ごめんね」
　「いやいや、彼女の誤解ももう解けてる。それに今では、いろいろと協力してくれてたりするからな。だからお前もそう気にしなくてよろしい。実はだなエロファント、今回の件に影響されたのかも知れんが・・・最近は本気で結婚を考えるようになったのであーる。いつまでも母親のいない状態というのも、フォーチュンにとって良いとは言い難いからな」
　途端、法王の顔が晴れる。
　「ホント？　じゃあ、彼女と？」
　興味津々、といった表情で魔導士に問う。
　だが、彼は意味あり気に目を細め、ニッ、と歯を見せてから声質を一段下げて答えた。
　「・・・まあ、もう少し先の話ではあるがな」
　それから、玄関先で感じた感覚を元に口を開く。
　「ところで、今日は妙に落ち着きがないような気がするが・・・何かあったのか？」
　彼の刃物のように研ぎ澄まされた認識能力は、見逃してしまいそうな雰囲気を確実に捉え、疑問を呈するに至る。それが訴えた事項を、マジシャンは躊躇なく質したのであった。
　ハイエロファントが、温かい微笑を浮かべて答える。
　「実はこれからお城で、明日の衣裳合わせと打ち合わせがあるんだよ」
　「何？　そうであったか。だったらそれを先に言わないか。そうと知っていれば長居するつもりはなかったのであーるぞ」
　そう言葉を繋げつつ、魔導士は席を立つ。
　慌てたように、法王が言う。
　「あ、でもまだ時間あるから大丈夫だよ」
　「いや、物事には余裕を持って、尚且つ万全を期さねばな。私はこれでおいとまするとしよう」
　青年が卓の傍らに直立し、明日に結婚式を控えた彼を両眼に投影する。柔らかいながらも芯に厳格さを包容した眼差しは、事象の真実を的確に映し出しそうだ。
　ハイエロファントは一瞬居住まいを正し、その視線に吊られるかの如く、魔導士に続いて立ち上がった。そして真正面に向かい合い、礼を述べる。
　「今日はホントにありがとう。デスの分もお礼を言わせてもらうね」
　「いやいや、それほど大したことをした訳ではない。まあしかし、本当に大変なのはこれからであーるぞ。結婚とは恐らく、どちらかひとりが満足すればいいというものではないからな。お前は私より先にその道を行くことになったのだ。生半可な気持ちで行くべきではない、と予め言っておくぞ」
　人生の長としての意見が、法王の裡に深く浸透していく。
　その直後、軽い笑みを口許に表してマジシャンは言葉を紡いだ。
　「子育てで判らない点があったら、遠慮なく尋ねてくるがいい」

　エンプレスの約束の時間に若干の余裕を持って、ふたりは城に到着する。
　段々と高まってきた緊張のせいか、ここに来る道を結構な急ぎ足で歩いてきた。特に慌てていた訳ではないのだが、早くに打ち合わせを終えて落ち着きたいという気持ちが互いの中にあったのは否めない。
　初めての衣裳を着るデス本人よりも、むしろハイエロファントの方がこの件に関しては期待の度合いが大きい。普段は見ることの出来ない、儀式のみに着用される衣裳を、挙式当日より先に前もって確かめられる機会が今日なのだ。
　彼女は、どんな服を着ることになるのか。
　法王は高鳴る胸を抑えきれない。
　女帝の城に到着して、すぐに来賓室に通される。そのふたりの前に、エンプレスが姿を――― 現した。
　「おや？　早かったねぇ、ふたりとも」
　しかしその場に登場したのは、先日会った女帝とは似ても似つかない人物であった。
　適度に波打った濃紺色の髪に、三叉の大きな髪飾りをしている。髪と同じ色で肌の露出が多い革製着衣で、材質はデスの物よりも数段上のようであった。腰には、武器と思われる黒い鞭。そして顔には、両の頬に紺色の隈取がある。目付きが鋭利で、その雰囲気と言いまさに闘う為に存在するような女性だ。
　彼女は間違いなくエンプレスであり、穏やかな性格である女帝の隠された“もうひとりの人格” なのである。
　つまり、同一人物。
　こちらのエンプレスは豪快にて自由奔放、自尊心が極端に高く戦闘的な性格だ。その上、大変な悪戯好きで我儘ときている。逆に大司教としての彼女は、静寂を好み清々にして穏健である。
　ひとりの人物がふたつの人格を持ち、突然に入れ替わることすらあるという。彼女はその最たる例だった。マジカルランドの人々はこの異なる人格を、それぞれ『剛の面』と『柔の面』と呼んで区別していたのだ。
　『柔の面』は国民の圧倒的支持を受けているのは間違いないが、『剛の面』が人々に疎ましがられているのかというと、決してそうではない。この悪戯好きの女帝にも一部の熱狂的な支持があって、大多数の人々が好印象を抱いている。細かいことに拘らないさっぱりとした性格が、人気の根源にあるようだ。
　今日は、その『剛の面』だ。
　しかしハイエロファントは、こちらの女帝を苦手としていた。余りにも押しが強い雰囲気の為、何を話すにしても気圧され、重い気分になってしまうからだ。
　「・・・あ、おはようございます」
　既に彼は、籠った口調になっている。気後れしているのが、ありありと判ってしまう。
　デスは、すぐ側でその様子を敏感に察知した。そして長椅子から立ち上がり、女帝の紺色の瞳を見据えながら話を始める。
　「早く着く分には構わんだろう？　準備に時間を食っても何だからな。早いとこ明日に備えたいんだ」
　「まあ確かに、思ったより手間取るかも知れないねぇ。アタシの持ってる衣裳は全部で二千着くらいあるから。でもそん中で、儀式用のは五百くらいかね」
　女帝の名は、伊達ではない。
　「そんじゃさっさと始めようかね。ここの二階に衣裳部屋がある。アタシともうひとりが立ち合わせてもらうよ」
　「もうひとり？」
　座ったままの法王が、思わず聞き返す。
　その反応を待っていたかの如く、来賓室に入ってきた人物があった。
　扉を開き、優雅な振る舞いで入室した女性は、女帝以外のふたりを目にした途端に穏やかな笑みを向けて挨拶をする。
　「ようこそいらっしゃったざますね。エロファントさん、デスさん」
　丁寧な口調でうやうやしく頭を下げて、それから身体を起こして三人と正対した。
　彼女の名は、ハイプリエステス。大聖堂で勤務する司祭であり、しかも『柔の面』エンプレスから信頼を置かれている直属の聖職者だ。更に、魔術と天文学の研究者としての一面もある。
　一際大きな帽子と、その正面に装飾された黄金の月型が人目を惹く。橙色の綿織りのゆったりとした着衣に、空色のローブを纏う。濃桃色をした柔らかそうな髪が、肩につかない程度に揃えられている。全体的に高貴な雰囲気を放っていた。
　「彼女がデスの衣裳選びと着付けを手伝うのさ。アタシはどうも、着付けに関しちゃイマイチだからね」
　エンプレスが苦笑いしながら、ハイプリエステスを見詰める。
　「エンプレス様もいい加減に着付けを覚えるざますよ。大司祭の時は問題ないのに、こっちになったらもう、てんで話にならないざますから」
　「その分はお前がやりゃいいんだよ。アタシはこれでいいんだ」
　女帝の言い切りに、はあ、と溜め息を漏らして、彼女はデスに視線を移す。それから数歩近寄り、微笑を絶やさないまま話し掛ける。
　「いよいよ明日ざますね・・・上がってないざますか？」
　「別に。あたしは問題ない」
　死神が返した言葉に満足したように、ハイプリエステスは一度だけ頷く。
　法王は、黙ったまま腰を下ろしている。ここから先は男子禁制の行事だ。
　デスは自分の夫となる男性を見詰めて、笑顔を浮かべて声を掛ける。
　「ここで待っててくれ。なるべく早く戻る」
　「・・・うん」
　彼女の微笑を目の当たりにして、ハイエロファントは顔が自然とほころんでくるのを自覚していた。
　それから、実に二時と半の間。
　法王は、ただひとりで座り続けていた。
　彼は時間に任せて、様々な事柄を思い、考えている。
　自分とデスが初めて出逢った日のこと、フォーチュンとの闘いとその結末、マジカルドロップで死神の運命を消し去ってしまったこと―――そして今日までの彼女との生活。自分自身の裡で想いを育んできた日々。互いの気持ちが通じ合って、結婚を決意するに至った経緯。
　何から何もが、大事な出来事だった。
　ハイエロファントは、更に思考する。
　もしも自分がデスと出逢わなかったら、ここまで来ることが出来たのだろうか。
　今、幸せに満たされているおのれの、すべての始まりはその瞬間だった。あの日、あの時、高台に目線を投げなければ、もしかしたら未だに話すら真面に交わさない関係であったかも知れない。それはまさに“運命の導き”と言い切っても過言ではないだろう。
　果てのない幸福感に打ち震えている、現在の自分。
　またハイエロファントは、何度も死神への感謝と尊敬を反芻する。
　彼女は、自分が犯した罪を最終的に許容して、それどころか人生を預けてくれたのだ。彼は無限のありがたさを覚えると同時に、デスの為になるのであればこれから先の如何なる苦痛をも厭わないとまで思っていた。
　明日、デスと自分の新たなる時間の幕が切って落とされる。
　法王は期待と緊張が大量に入り混じるおのれの中を再確認し、表情を強張らせた。
　そこまで思考を巡らせた、途端。
　エンプレスが部屋に戻ってきて、笑みを浮べながら明瞭な声色で彼に告げる。
　「待たせたね。衣裳が決まったよ。来な」
　ハッ、と顔を上げて、法王が思わず立ち上がる。そして顎をしゃくる女帝に続いて、二階の衣裳部屋へと階段を昇っていく。
　いよいよ、だ。
　ハイエロファントの心臓が、早鐘を打ち鳴らす。
　そして廊下を速足で歩き、程なくそこに到着する。衣裳部屋の手前にある化粧室を兼ねた小部屋に、彼の妻となる女性がいた。
　女帝に促されて、部屋に足を踏み入れる。
　直後。
　法王は、目と心を奪われた。
　その衣裳を身に纏い、彼が来たのを確認して恥かしそうにはにかむデスを、正円に見開かれた瞳で見詰める。そのまま、動かない。
　ハイエロファントの口から言葉が発せられたのは、どれくらい時が経過してからだろうか。
　「・・・綺麗だ」
　頬を染めて、何とも表現のしようのない微笑を向ける。
　対して彼女は、真っ赤になって照れた笑顔で口籠りながら漸く返す。
　「・・・馬鹿・・・他に言うことはないのか・・・」
　とは言え、嬉しい。
　デスの向こう側で笑っているハイプリエステスと、ハイエロファントのすぐ後ろで満足気に頷いているエンプレスは、一仕事終えたような安堵の息をゆっくりとついた。
　この後、衣裳を普段着に戻した死神と、感動を幾度も噛み締めている法王のふたりは、城で用意された昼食を摂りながら、女帝から式次第についての綿密な説明を受ける。
　すべての準備は万端整い、式本番を待つだけとなった。
　明日は、ハイエロファントとデスの結婚の儀。

《第五章に続く》