"DATE ET DABITUR VOBIS"
- 与えよ、さらば与えられん -

うららかな春の朝、心地よい風にはためく洗濯物の真っ白な輝きに満足げなため息を吐いて。空になった洗濯 籠を抱え上げリビングに戻ろうと踵を返しかけて、ふと思い出したように夏美がその場に立ち止まり僅かに眉を 寄せる。
気持ち躊躇うようにそっと振り返り、窺うような眼差しをそっと庭先のテント前に送り。おそらくは彼女によって洗 濯中の焚き火を差し止められているために──やや手持ち無沙汰な様子でブロック片にちょこんと腰掛け、結 婚前と変わらぬ仏頂面のまま武器を磨き続ける小さな赤蛙に視線を向けると、ほんの少しだけ羞じらうように目 元を上気させて。しばし言い倦ねるように小さく唇を噛んだ後、彼女はおずおずと夫に向かい結婚以来の習慣と なったささやかな問いかけを試みた。
「ねえ、ギロロ。晩ご飯、何が食べたい?」
とたんにぶしゅ。と、音がしそうなほど盛大に蒸気を噴き出して。危うく手にした武器を取り落としかける小さな身 体の、判で押したようにお馴染みの反応をやや呆れたように見やり。小さくため息を吐いて膝を抱えるようにそ の場にしゃがみ込むと、頬杖をついてかすかに首を傾げ。混乱のあまりに挙動不審に陥りかけているらしい赤蛙 をしばし眺めて、彼女は辛抱強く彼の返事を待った。
長き年月に渡る、涙ぐましいまでの宇宙を越えた片思いを悪戦苦闘の末にどうにかこうにか実らせた後。やっと の思いでほんの二週間前に結婚式を挙げて以来、ようやく見慣れたはずの彼女のエプロン姿を目にする度にだ らしなく緩みかける口元を必死の思いで引き締めて。控えめな期待に満ちた彼女の問いに答えるべく、自分を 落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き徐に口を開きかけ。とたんに狼狽えたように喉奥で呻き声を上げて目を 逸らすと、吊り上がった三白眼を何度も瞬かせて彼は困ったように口を噤む。
ある意味非常に偏っているといえる、地球式生活様式に関する彼の知識の中で。どちらかと言えば食への関心 そのものがさほどに深いとは言い難い彼にとっては、地球風の料理というものは則ち『彼女の手料理』と『それ 以外のもの』という二種類に分類されるものでしかなく。今や習慣となった彼女の問いかけによって、『彼女の手 料理』それぞれに各々個別の名称が存在することを彼は初めて意識したのであった。これまで彼女の手によっ て供されてきた様々な料理の名称を、懸命に拾い集めようといつもと同様の努力を試みてはみるものの。いざ 実際に口に出そうとしたところで、自分が肝心の呼称についてほとんど理解していないという事実を今また改め て認識して。戸惑ったように眉根を寄せると、彼はゆっくりと目を閉じて彼女の手料理を思い浮かべてみた。とた んに次から次へと彼の脳裏に浮かんでは消えて行く、見るからに美味しそうな手料理の一個師団に危うく押し 潰されかけて慌てて目を開き。ふと目の前で不安げに覗き込む彼女の視線に気付き、狼狽えた様子でぶんぶ んと首を振ると。彼は慌てて脳内に溢れかえる手料理の洪水をかきわけて現実の岸辺へと辿り着き、やや怯え たような目を向けて彼女の様子をそっと窺った。
今はともかくも。彼女の可愛らしい唇から発せられた問いに応えを返すことが肝要である、と気を取り直して。再 び彼女の手料理をあれこれと脳裏に思い浮かべることを試みては、呆気なく撃沈されることを何度か繰り返して みた結果。
「……別に何でもいい」
やがて散々に舌を噛みかけた挙げ句に目を白黒とさせて、漸くのことで返ってきたいつもと変わらぬ無愛想な低 い声に。
「……そう」
気落ちしたようにがっくりと肩を落とすと、すっかりと萎れた様子でのろのろと立ち上がり。俯いたまま背中を向け ると、そのまま一言も口を聞かずに彼女はリビングへと戻っていった。

食卓全体を覆い尽くすように、張り巡らされた不機嫌なオーラに戸惑って。俯き加減で小さなご飯茶碗を抱え込 むと、ケロロが探るような視線を右隣の赤ダルマに向け、茶色い軍帽の耳許に口を寄せて声を潜め囁きかけ た。
「……夏美殿、何だか機嫌が悪いみたいでありますが……ギロロ、喧嘩でもしたの?」
「いいや。別に……」
自分と同様に理不尽なまでの重圧に押し潰されかけ、困惑した様子の赤い幼馴染みの沈んだ小声に、彼女の 耳に入らぬようにこっそりとため息を漏らし。行儀悪く茶碗に緑色の顔を突っ込むと、ちらちらと不機嫌な夏美を 窺いながらケロロは何食わぬ顔で隣の赤い足先に蹴りを入れた。ムッとしたように赤い顔が振り返り、思わず殴 り返そうと右手に持った箸を置きかけたところで、恨めしげに視線を向ける彼女に気付き狼狽えたように赤い指 先が縺れ。その場の空気にそぐわぬ明るい音を立てて床に転がる短い箸を、眉間に皺を寄せたままの彼女が 立ち上がって拾い上げて。わざとらしいため息を吐いて流し台で軽く濯ぐと、彼女は一言も口を聞かずに濡れた ままの箸をぞんざいに夫に突き出した。
「……………スミマセン………」
動揺のあまりに言語能力がショートしたらしい赤─というよりはほとんど白くなりかけた─ダルマにはそのまま見 向きもせずに席に戻ると、彼女は黙って茶碗を手に取り俯いてもそもそと食事を再開する。
やがて哀しげなため息とともに半分ほども手付かずのままの食器を纏めて、彼女が無言で流し台へと立ち去っ て行き。首を竦めて不機嫌な姉の後ろ姿を見送ると、ゼンマイの切れた人形のように固まったままの小さな義兄 を指先でちょんと突っつき、冬樹が困ったように囁きかけた。
「……伍長……本当に何か姉ちゃんを怒らせるようなことしちゃったんじゃないの?」
「こっ……この我が輩にプレッシャーを与えるとは……」
脂汗を垂らしつつ、虚勢を張るように呟いてから緑色の身体ごと隣に向きなおり。
「ギロロ……本当に喧嘩とかしてないでありますか?」
やや責めるように問いかける緑色の幼馴染みに、未だ半分白いままの顔を僅かに顰めてみせて。今度は箸を 落とさぬようにしっかりと握り直してから、小さなため息とともに赤い手がそっと茶碗の上に箸を置く。
「……俺は全然覚えがないんだが」
怪訝そうな呟きと同時に、不機嫌な背中の向こうから漏れ聞こえてくる食器の擦れる刺々しい音に慌てて首を 竦め。背中越しに流し台を窺うように恐る恐る振り返ると、どんよりとした食卓に取り残された一人と二匹は押し 殺したため息とともにがっくりと肩を落とした。

夕食後からほとんど口を聞かないまま、自室に籠もってしまった彼女の後を慌てて追いかけてはみたものの。拒 絶するようにぴったりと閉ざされた扉に、彼は途方に暮れてしばしその場に立ち尽くした。自分を閉め出すように 邪険な雰囲気とは裏腹に、目の前でひらひらと揺れる『723 & G66』と書かれた可愛らしいプレートにやや恨めし げな視線を向けて。物音一つ聞こえてこない室内を窺うように、こっそりと扉に耳を押し当ててから困ったように 喉奥でかすかな唸り声を上げて。ややあって大きくため息を吐くと覚悟を決めたように小さな腕を持ち上げ、おず おずとドアを叩くと返事を待たずに彼はそっと扉を僅かに押し開けた。
とたんにドアの隙間から零れ落ちる暗闇に、一瞬狼狽えたように吊り上がった目を瞠り。やがて廊下から差し込 む薄灯りの中に、真っ暗な部屋の奥でこんもりと盛り上がったベッドの端から僅かに覗く赤い髪に気付き。どう やら眠っているわけではないらしい彼女の様子に、しばし逡巡した後音を立てぬようにドアを閉め。足音を忍ば せて彼女に近付くと赤い髪の一房におずおずと手を触れて、彼は遠慮がちな低い声で囁きかけた。
「……夏美。その……何か嫌なことでもあったのか……?」
小さな手が触れたとたん、布団に潜り込んだままの彼女の肩口がわずかに震えて。息を潜める気配にやや怯え たように口を噤んで、やがて彼がぼそぼそと心細げな呟きを漏らす。
「俺が……何か気に障ることでも……した……か?」
暫しの沈黙の後、布団の中で彼女がかすかなため息を吐いて小さく身動ぎ。張りつめた気配がわずかに和らぐ と、続いて聞き取り難いくぐもった囁き声が布団の隙間から零れ落ちた。
「……ご飯」
「は?」
彼女の口元から押し出された、あまりにも意表を突いた単語の意味を計りかねて。髪に触れた指先を硬直させ たまま、吊り上がった目を何度か瞬いて赤蛙が間の抜けた呻き声を漏らし。やがてため息とともに彼女がゆっく りと顔を上げ、至近距離であんぐりと口を開けたままの彼を呆れた様子でまじまじと眺めやり。再び大きくため息 を吐くと勢いよく布団をはね除け、やや不貞腐れたようにのろのろと身体を起こすと、俯きがちに膝を抱えて彼 女はベッドの上に座り込んだ。
「だから。アンタ……何も言ってくれないから……つまんないのよ」
「な……何、を……?」
漸く顔を見せてくれたことに僅かながらも安堵を覚えつつも、未だに機嫌が直ってはいないらしい彼女の視線に 怯えたように小さな身体を縮こまらせて。ベッドの縁に手をかけて彼女を見上げたまま、赤蛙が裏返った声でお どおどと問いかける。
「だって……『何食べたい?』って聞いてもいつも『何でもいい』しか答えてくれないじゃない」
「そっ……それは、その……っっ!」
「どうせならアンタが食べたいもの作る方が嬉しいのに……アンタ、何も言ってくれないから何だか張り合いが無 いし……」
暗闇の中で次第に俯き、途切れがちな小声で独り言のように呟く彼女の肩が僅かに震えているのにふと気付 いて。慌てたように小さな手を伸ばしかけた彼の耳奥に、湿り気を帯びた彼女の哀しげな囁き声が棘のように突 き刺さる。
「……もしかしてあたしの作るご飯、アンタには美味しくないのかな……って」
「そ、そんなはずがあるかっ!」
涙混じりの震えるようなくぐもった声を耳にした瞬間に。怒声とともに弾かれたように小さな身体が跳ね上がる と、瞬く間にベッドの上に飛び乗り赤い手が掴みかかるように彼女の細い肩にかかり。思わず顔を上げた視界 いっぱいに拡がる真っ赤な色彩に、狼狽えたように彼女が大きく目を見開いた。
「……すまん。俺が悪かった」
呆然として瞬きを繰り返す彼女の肩を掴んだまま、頭の中で渦巻くように溢れかえる思いをそのまま口に出来ず に。
「俺は……その……お前が作ってくれるものなら何でも嬉しいし美味いんだ!」
縺れかける舌を必死に動かし、彼が夢中で言葉を絞り出す。
「だから……つい『何でもいい』としか……」
テント前での遣り取りを思い出したようにやや面を伏せて。切なげに揺れる彼女の眼差しに、困惑したように喉 奥でかすかな唸り声を上げ。
「それから……その……」
一瞬言葉に詰まったように口を噤み。しばし逡巡した後、面目なげに俯いたまま赤蛙がぼそぼそと言葉を続け る。
「実は……その……情けないことに、だな……俺は……お前の作ってくれる料理の名前が……ほとんど分から んのだ」
「……え?」
とたんに顔を上げた彼女の唇が驚いたように丸く開かれて。まるで不思議なものを見るようにまじまじと目の前 の赤い顔を見つめた後、幾度か目を瞬かせ彼女がおずおずと口を開いた。
「アンタ……そーゆーこと、気にしたことってないの……?」
「……ない」
呆れたように真ん丸に開かれた可愛らしい唇に一瞬ぼんやりと見惚れかけて。思わず弛みかけた口元を慌て て引き締めると、むしろ無愛想に吐き捨てるような呟きが僅かに引き攣る唇から零れ落ちる。
「戦場でいちいち食い物の名称なんぞ気にするわけがない。食える時に食えるものを食う。それだけだ」
「……いくらなんでも……好きなもの、とか嫌いなものとか……」
「『お前が作ってくれたもの』はもちろん何でも美味いし好きだと思うが……『それ以外』は興味がない」
目の前で唐突に火を噴いたように顔を赤らめ、頬を押さえて俯いてしまった彼女に慌てたように手を離し。しばし 躊躇った後再びそろそろと手を伸ばすと、小さな赤い手が熱を帯びた彼女の指先を遠慮がちに包み込んで。
「だ、だからといって……結局お前だけに面倒な事を押し付けて……悪かった、と思う」
指先に伝わる火照った頬の柔らかな感触と。ほんのりと立ち上る彼女の匂いに、危うく酔いしれそうな自分を内 心で散々に殴りつけて。大きくひとつ息を吐くと、彼は真っ直ぐに彼女に向き合い勢いよく頭を下げた。
「すまんっ。俺は……自分勝手なヤツだな」
「ギロロ……」
鼻先でかすかに震える茶色い軍帽と、頬に触れる小さな手の感触を確かめるように目を閉じて。波立つようにさ さくれ立っていたはずの感情が、ゆっくりと凪いで行くのを息を詰めて見守ると。熱を帯び始めた目蓋を宥めるよ うに、俯いたままの軍帽の耳許に彼女はそっと顔を伏せた。
「ううん。あたしこそ……拗ねたりしてごめんね」
「あ、謝るな!お前は何も悪くない!」
「ギロロ……大好きよ」
火照った頬を擽る優しい吐息と、甘い香りに眩暈のするような感覚に囚われかけて。一瞬気が遠くなりかけた赤 蛙の耳許に、羞じらうような彼女の遠慮がちな囁き声がおずおずと吹き込まれる。
「でも……時々でいいから、ちゃんと何が食べたいって答えてね」
「……了解」
安心したように頷いてから。ふと、今食べたいものなら即座に答えられる、と思ってはみたものの。ゆったりとし た笑みを浮かべて自分を包み込む、彼女の柔らかな温もりに思い直して小さくため息を漏らし。賢明に口を噤ん だまま、彼は精一杯に手を伸ばし彼女の髪をそっと撫でた。

やや煙たいキッチンに漂う香ばしい匂いに、分かり難い緑色の鼻先をひくひくと蠢かせて。背伸びをして食卓を 覗き込むと、ケロロががっくりと肩を落として不満げなため息とともに呟いた。
「ゲロ?今日は鰺の開きでありますか?我が輩ハンバーグとかオムライスの方が好きなんでありますが……」
「文句があるなら食べなくていーのよ、ボケガエル?」
「と、とんでもないっっ!文句なんかないでありますよ!いただくであります!」
とたんに己に向けられた、凄味のきいた笑顔に慌てたように首を竦めて。いそいそと椅子によじ登る緑色を宥め るように笑いかけると、冬樹がふと斜向かいにちょこんと腰掛ける赤い義兄に視線を向ける。いつも通りの仏頂 面で、それでも和やかな様子で器用に箸を使う赤蛙と。幸せそうに頬を染めて、身を乗り出しては何くれと彼の 世話を焼く姉を見比べるように眺めているうちに。何とはなしに込み上げるこそばゆい感覚に、笑い出したいよう な気分に囚われかけて冬樹は慌てて視線を逸らした。
「ね、ギロロ。美味しい?」
とろけそうな微笑みとともにかけられたしっとりとした囁きに、たちまち落ち着きをなくしてがくがくと頷く赤ダルマ を呆れたように横目で見やり。やや困惑したように逸らした視線の先で冬樹と目が合い、吹き出しかけて慌てた ように下を向くケロロの耳に。今まで一度だって聞いたことのないくらいに優しげな、機嫌の良い夏美の声が追 い打ちをかける。
「冷蔵庫にスターフルーツ剥いてあるから、後でデザートに食べてね」
「…………我が輩には……?」
「ちゃんとみんなの分あるから、心配しなくてもいいわよ」
物欲しげな緑色の呟き声には目もくれずに。どうやら好物であるらしい鰺の開きを骨ごともごもごと咀嚼する赤蛙 に満足げな視線を向けて、ふと気付いたように彼女がやや頓狂な歓声を上げた。
「やだ。ギロロ、ほっぺたにご飯粒つけてるじゃない」
子猫が喉を鳴らすような笑い声とともに、すかさず柔らかな指先を赤い頬に向けて伸ばし。摘み上げるように米 粒を掬い取ると、彼女はごく当たり前のようにそれを自分の口元へと運んでいく。
「す、すまん……」
見る見るうちに沸騰した薬缶のように湯気を立て始める赤ダルマと、僅かに頬を赤らめて満面の笑みを零す姉 をまじまじと見比べてから。狼狽えたように大急ぎで残りの味噌汁を流し込むと、ばたばたと食器を重ねて冬樹 があたふたと立ち上り。
「ご、ごちそうさま!……ね、ねえ。軍曹。ご飯終わったら軍曹の部屋に遊びに行ってもいい?」
「も、もちろんであります、冬樹殿!そんじゃ一緒に『連邦の白いヤツ』つくるでありますよ!」
同様に熱気にあてられたらしく慌てて食べ終えた皿を重ねて、ケロロがやや危なっかしい足取りで転ぶように椅 子から飛び降りた。
「あら、あんたたちデザートいらないの?」
「もちろんいただくでありますよ!」
怪訝そうな彼女の問いかけに、慌てたような返事を返してから。言い難そうに口籠もると、緑色の身体を落ち着 かなげにくねらせてケロロがおずおずと口を開く。
「で、でも、あの……我が輩の部屋に持って行ってもいいでありますか?」
「別に構わないけど……ちゃんとお皿洗って返しなさいよ?」
「了解でありますっ!」
ばたばたと食器を片付け、冷蔵庫を開けてスターフルーツの小皿を取り出し抱え込むように駆けだして行く弟と 緑色を呆気に取られたように見送って。
「……変なの。二人ともどうしちゃったのかしら……?」
小さく肩を竦めて呟くと、思い直したように首を振って彼女は再び食卓に着く。
「……ま、いっか」
向かい側で未だに熱放射を繰り返す赤蛙に羞じらうように微笑みかけ、固まったままの頬っぺたを指先でつん、 と突っついて。空になった茶碗を抱え込んだまま硬直する小さな身体に向かい、可愛らしく首を傾げて彼女が優 しく問いかけた。
「ねえ、ギロロ。美味しかった……?」
ぎこちない様子でがくがくと縦に振られる茶色い軍帽に満足げに頷いて見せ。ゆっくりと立ち上がると、小さな手 に握りしめられたままの短い箸を柔らかな仕草でそっと取り上げて。ふと思いついたように口元を吊り上げると、 熱っぽい赤い頬に唇を寄せて彼女がひそひそと囁きかける。
「……後かたづけが終わったら、あたしたちもデザート部屋に持って行って食べよっか?」
とたんに赤い顔を更に赤らめ、慌てたように何度も頷き椅子から飛び降りる赤い背中をそっと撫で。丁寧に重ね た食器を流し台に運んで行く後を、抱え込んだ食器に埋もれるようにちょこちょこと付いてくる小さな身体に擽っ たそうな笑みを零し。せせらぎのような水音に合わせ、手際よく食器を洗い始める彼女の隣に、緑色の幼馴染 み愛用の踏み台を引っ張り出して並べると。布巾を手にした赤蛙がいそいそと台の上によじ登り、照れたように そっぽを向いたまま彼女に向かって促すように小さな赤い手が突き出されて。一瞬驚いたように見開かれた瞳 がじんわりと潤み、羞じらうように彼女が何度か瞬きを繰り返し。

やがてとろけそうな微笑みとともに。おずおずと差し出された食器を持つ白い指先に、小さな指がわずかに触れ る。
かすかな指先の感触越しに、彼女によって与えられた熱を眩暈のするような悦びとともに受け止めて。ひとつ小 さく息を吐くと、言葉に出来ない想いを込めて、彼はそっと彼女の小指に赤い指先を絡め合わせた。

指先に触れる熱に託して。どこまでも『想い』は惜しみなく──


"DATE ET DABITUR VOBIS" - 与えよ、さらば与えられん -




Window Close