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薄曇りの空から、暖かな太陽光が降り注ぐ。
マジカルランド大聖堂の銀色の壁が、それを反射させて七色に煌いていた。 大聖堂の裏手は、小さいながらも緑に囲まれた庭園になっている。そこへと至る細い通路を、 マジシャンは軽い欠伸をしながら歩いていた。 彼は今日、ここにハイエロファントを訪ねて来た。ところが時間的な折り合いが悪いというべき か―――法王は現在、とある法事の真っ最中であり、面会出来るまでまだ暫く掛かる、と応対 に出てきた司祭が告げる。マジシャンは務めが終了する時間を訊き、その頃にまた来ると伝言 し、止むを得ずそれまでを裏庭で過ごそうと考えたのであった。 一枚布を通したような柔らかな日差しの中を、魔導士の青年は歩む。 前日の寝不足が祟っている為、どうも頭の裡が晴れない。久し振りにハイエロファントと話をし て眠気覚ましにでもなれば、と思って訪ねたのはいいが、時間が空いてしまうとこのまま寝入っ てしまう恐れがあった。 （どうしたものか・・・何か目が覚める出来事でもあればな・・・） 裏手の庭園に足を踏み入れた彼は、図らずともその願いが叶うことになる。 ハッ、と何かに気付き、思わず立ち止まる。 先客がいた。 その人物は建物の大きな窓の下、壁に寄り掛かって腰を下ろし、膝を立てて首を傾げて目を 閉じている。巨大な鎌を足元に横たえ、何とも穏やかな微笑を湛えていた。 マジシャンは、茫然とする。 それは、既に知っているこの人物の、こんな表情を見たことがなかったからだ。 もしかして眠っているのだろうか。 未だに両眼を閉じたまま身動ぎひとつしない相手をもっとよく見ようと、彼は一歩足を踏み出 す。 ガサッ、と傍らの低い庭木が揺れる。 マジシャンのローブが葉を掠め、雑音を起してしまったのだ。 突然の物音に、ビクッ、と顔を上げたその人物は、彼に目線を投げる。そして見る見る険しい 顔付きへと急変させ、突き刺すような眼差しを向けた。 「あ、すまん。起こすつもりはなかったのであーる」 一片の慈悲もないような鋭い瞳を受け、マジシャンは慌てて弁明する。 だが、彼女―――デスはそれでも頑なな状態を解く様子はない。短い溜め息をつくと、大鎌を 手に持って機敏な動作で立ち上がり、キッ、と再度鋭利な視線を飛ばす。 「・・・何の用だ」 突き放すが如き、冷酷な口調。 まるで、何らかの楽しみを邪魔されて気分を害した様子だ。 「いや、貴方に用事がある訳ではないのだが・・・」 若干のうろたえを覚えながら、魔導士は言葉を返す。 デスの両眼が更に細くなり、不快な感情を止めることなく前面に表した。そして、相手に聞こえ るようなはっきりとした音で舌打ちをして、クルリ、と彼に背を向ける。 突然の行動に、マジシャンは慌てて口を開く。 「あ！ 待ってくれ！ 邪魔をするつもりは毛頭なかったのだ。何も帰ることはないではない か？」 だが、死神の少女はそれに応じない。脚を前に進めようと動かす。 その直後、魔導士の青年が何かに気が付く。 日頃耳にしてきた話題と、自分が見てきた事実と、そして今日のこの場所に彼女がいること。 これらが彼の中で、一直線に並んで結び付いた。 すぐさま、それを言葉にしてデスに向ける。 「・・・エロファントを待っているのか？」 ピタッ、と死神の足が停止する。 一瞬の後に振り返り、マジシャンに目線を投げた。今度の眼差しは先ほどとは少し違った色合 いだ。訝し気な彩りは孕んでいたにせよ、やや驚きの感情も含んでいる。 魔導士は、微かに笑う。自分の読みが当たっていたようだ。 してやったり、と口にしそうな表情で、マジシャンが言葉を続ける。 「エロファントは法事の最中だからな。私も彼を訪ねて来たのだが、結局待たされることになっ てしまったのであーる。しかし、貴方との約束が先なのだろうな。仕方ない、後日改めて来るとし よう」 「待ってる訳ではない。あたしが勝手に来ただけだ。約束もしていない」 デスは身体を魔導士に正対させ、落ち着いた口調で話す。 予想を逸脱する答えが返ってきて、マジシャンは思わず目を見開く。今まで知り得なかった情 報が、その話に込められていたからだ。 「意外であーるな。エロファントのことだから、ちゃんと約束してるものかと思ったが。しかしそう か、貴方たちふたりの付き合いは、もうそれなりになっているのだな」 「付き合い？ 何の話だ？」 追い討ちをかけるが如く、魔導士の裡に推測を違えた反応が次々に飛び込む。最早、彼の読 みは次なる事象を検索することが出来ない。 マジシャンが、更に問う。 「貴方とエロファントは付き合ってる、つまり恋人として交際してるのではなかったのか？」 「・・・お前は何を言ってるんだ？ 話の内容がさっぱり解らんな」 対してデスは、さも当たり前の答えのように返した。 マジシャンが過去に聞いた話題を総合すると、次の通りになる。 デスとハイエロファントは、一緒にいるところをここ数ヶ月で何度も目撃されている。傍目から 見ると大変に親し気に喋っており、特に死神の少女は今まで誰も認知していないような笑顔す ら浮かべているという。こちらが声を掛けてみると、ハイエロファントは普段と変わらぬ応対をす るが、デスは表情を険しいものに変えてしまう。先ほどマジシャンに向けたような、邪魔者を睨む ような目付きになるのだ。 そういった様々な事実を纏めて、魔導士はこう判断した。 死神と法王のふたりは交際している、と。 だがそれは、今しがた彼女本人によって否定されてしまったのだ。 ややおのれの思考展開に自信を欠きつつあるマジシャンが、眉間に皺を寄せる。自分の中 が、段々と波を打ち始めた。かなりの確信性を抱いて発言したものだから尚更だ。 ふう、と溜め息をついて、彼は腕組みをする。 「・・・では、ひとつ質問させて頂きたいのだが・・・」 少し曇った口調で、マジシャンが言葉を繋ぐ。 「貴方はエロファントのことをどう想ってるのであーるか？」 脳内の混乱を治めんと、思い切った調子で問いを投げてみた。 余りにも直球気味の質問であった為、彼女が回答を拒絶する可能性はあった。だが、回りくど く訊き出すよりもこの方がいいのではないか、と魔導士は考えたのだ。 この判断は、見事に的を射る。 突然、デスが目を伏せた。 そして、ここにマジシャンが来た時に見たのと同じような、柔らかく穏やかな笑みを口許に湛え る。 再びその表情を目の当たりにして驚嘆している青年に、実に落ち着いた、尚且つ温かな口調 でデスは語り始めた。 「あいつは・・・ハイエロファントは・・・あたしを認めてくれた・・・」 彼女の視線が、遥か彼方を眺める如きものへと変質する。 「最初は、おかしな奴だと思った。死神であるあたしにああまでして話し掛けてくる奴はいなか ったからな。時折うっとうしく思ったこともある。でも・・・話をしてるうちに、あいつがあたしに興味 本位や気紛れで接してるんじゃないことが解った。あいつは真剣だ。いつもあたしに対して真剣 な態度をとる。そしてあいつは・・・あたしを真っ直ぐ見る。目を逸らさない。死神であるあたしをち ゃんと見てくれてるんだ・・・それが・・・何よりありがたかった・・・」 聞く者の心を洗い流すような、清廉で透明な語り。 「首刈りをやった直後でも、血塗れのあたしを真っ直ぐ見ていた。そしてこう言った」 僅かの間が空き、その言葉が発せられる。 「・・・『大変だったね。お疲れ様』とな・・・あいつは・・・こんなあたしにそう言ってくれたん だ・・・」 途端、彼女が何とも嬉しそうな、多幸感に満ちた表情を浮かべる。 それを見た誰もが心を揺さ振られる、絶対の笑顔。 「それを聞いた時に、あたしは思わず泣いちまった。まるで赤ん坊みたいに声を上げてな。そ の時もハイエロファントは、黙って側にいてくれた・・・あたしが泣き止むまでずっと側にいたん だ」 死神の少女の話が、そこで止まった。 これ以上は特に聞くまでもないだろう。目の前の彼女の顔と先ほどまでの口調を鑑みれば、 デスがハイエロファントをどのように想っているのか、容易に判明するからだ。 当然、マジシャンは素早く確定的な結論を出し終えていた。 「・・・なるほど、そんなことがあったという訳か」 大きく何度も頷き、彼が感心を素直に表す。 続けて、右手の人差し指を曲げて顎に当てて、デスに目線を向けて口を開いた。 「それで、貴方はエロファントのことを・・・」 「そうだ」 きっぱりと、微塵も揺るがない言葉。 マジシャンは、更に感嘆の度合いを深める。彼女の言い放った言霊は、確実に彼の内側に浸 透していった。 二、三度頭を掻き、やや明るめの調子で魔導士が話を紡ぐ。 「それにしても、エロファントは大した奴であーるな。なかなか出来ることではない。マジカルラ ンド広しと言えど、レディにそれだけの態度をとれるのはエロファントか、この私くらいなものであ ーるからな」 瞬間、デスの表情が呆れたものへと転換する。そして今度は、何とも可笑しそうな軽い笑いを 込めた口調で語りを返した。 「お前とハイエロファントと一緒にされちゃ困る。第一お前は、ハイプリエステスを放ったらかし にして、あちこちで他の女に声を掛けまくってるそうじゃないか？」 直後。 マジシャンの唇が大きく上下に開き、そのまま凍りつく。 目を丸くして、正面に立つ死神の少女を見詰めて動きを停止させた。 鳩が豆鉄砲を食らったような顔とは、このことを指すのに違いない。 今のデスの発言には、彼にとって認めざるを得ない事実と、まったく想像だにしていなかった 事柄のふたつが含まれている。 「ちょ、ちょっと待ちたまえ。誰が、誰を放ったらかしであると？」 「何だ、聞こえなかったのか？ お前が、ハイプリエステスを放っぽりぱなしにしてると言ったん だ。有名な話だぞ」 途端、魔導士は腕組みをしてから額に右手を当て、はあ、と息を継いで両眼を閉じた。 暫くの凍結の後、マジシャンは顔を上げて死神を見て、言及に入る。 「・・・放ったらかしとは心外であーるな。私は彼女をそんな風に扱ったことなどない」 そう聞いても、デスは問い質しの手を弛める様子はない。 「お前がひとりでそう思うのは勝手だが、傍目から見て扱いがぞんざいに思われても仕方ない 行動をしてる訳だろ。決まった女がいるというのに、節操なく声を掛けまくるのは感心せんな」 「プリエステスは“決まった女性”ではないのだが・・・」 段々とマジシャンの表情が、困惑したものへと変貌していく。 彼の裡は、真っ直ぐに指摘された日頃の行動に対する遺憾の意志と、普段から逢っている女 性への心情が複雑に絡み合い始めた状態だ。いつもの冷静さが、何処かに隠れてしまったよう である。 それでも魔導士の青年は、何とかおのれの内面を整理するように思考を展開させた。 「言い訳にしか聞こえんと思うが・・・確かに私は女性に声を掛けてる。だがまあ、それは美し い方々と少しでも仲良くしたいという欲求であってだな、プリエステスが嫌だとか放っとくとか、そ んな感情ではないのであーる。むしろ彼女は・・・その・・・」 少し、間が空く。 「素敵な女性だと・・・」 口籠る狭間に僅かだけ顔を覗かせた、本音。 平静時は堂々たる自信家で、気障な面を惜しげもなく前面に出すマジシャンだが、今現在の 言動は何とも大人しい。恐らく、これほどまでに謙虚さに満ちた言葉を漏らした彼を目の当たり にした者はいなかったのではないだろうか。 デスは、黙って聞いている。目線は落とすことなく、青年を見たままだ。 魔導士は続けて語る。 「彼女とは共通の話題が多くてな、魔法理論や薬学の知識、天体の運行についてなどもよく 話し合う。その度にお互いの主張を述べ合って、まあ、よく喧嘩もするのであーる。だがそれも、 私としては大変に楽しんでる。プリエステスがそれをどう思ってるかは尋ねたとこがないが、多 分悪くは思ってないと考えている・・・いや実は、つい昨夜も我が家で話し込んでしまってだな、 ほとんど寝ていない。私も彼女も後に引かないからこうなるのであるが・・・」 少しずつ、マジシャンが普段の落ち着きを取り戻していく。 自分の気持ちをひとつひとつ確認して、それを言葉にしているのだ。 「今は寝不足ではあるが、満ち足りた気分なのだ。正直・・・他の誰と話してる時よりも、プリエ ステスと話してる時の方が気分が良い。正面切って話をしてくれるんでな、つい熱くなってしまう が・・・それでも、彼女といる時間はもの凄く充実した時間と言えるな」 言葉が連鎖していくにつれ、青年の口調がどんどんと明るくなる。同時に、彼の内側から表情 へと浮かび上がってきた想いがあった。 ハイプリエステスの話をする時の魔導士は、とても嬉しそうである。 死神の少女は、はっきりとそれを認知したようだ。 「何だ、気持ちはハッキリしてるんじゃないか。ならばあちこちで声を掛けてるのを、少しは抑 えたらどうなんだ？ すぐには無理なんだろうが、その内に取り返しのつかんことになるぞ。ま あ、そうなったところであたしには関係のないことだがな・・・自業自得だ」 彼女にしては珍しく、他人に自制を促す台詞を投げている。 それを耳にしたマジシャンが、ふう、と短く溜め息を吐いて自嘲気味に呟く。 「いや、何ともはや・・・返す言葉もない」 そこまで話を進めた時、突然。 大聖堂の塔の頂から、鐘の音が厳かに轟き渡った。 深い、身が引き締まる、魂をも震わす響き。 思わずマジシャンが、続いてデスが天を見上げる。 「・・・終わったようだな」 死神の少女は息を継ぎながら言い、歩みを進めようと脚を動かす。しかし、彼女は大聖堂の壁 に背を向けて、そのまま離れていこうとする。 驚いて魔導士が、口を開いた。 「帰るのか？ エロファントに逢わんでいいのか？」 一旦足を停め、デスは振り返って静かな口調で答えを返す。 「今日のところは帰ることにした。お前が逢ってくればいい」 「しかし・・・折角来たのであろう？」 「構うな。気になるんだったら、あたしが来たことだけをハイエロファントに伝えておけ」 そう言い残して、再度歩き出そうとする。 「すまん！ 最後にもうひとつだけ訊かせてはくれまいか？」 慌てたように青年は、死神の背中に台詞を飛ばす。そして自分の裡で漠然としている感覚を 明確にすべく、訝し気に顔を向けた彼女に対してその質問を口にした。 「エロファントはあなたにとって一番の存在であーるな？」 「一番？ 違うな」 さも当然、といった風に言う。 直後、何かを聞き返そうとしているマジシャンに、デスはきっぱりと言葉を紡いだ。 「唯一にして絶対、だ」 明言。 凛として、一本の芯が貫かれた確固たる答え。 マジシャンは、戦慄した。一瞬の身震いが身体を駆け抜ける。 何という、何という感情であろうか。余りにも深遠で、尚且つ透明な色彩を抱く驚くべき気持ち が、死神の少女の言葉から感覚として得ることが出来たのだ。 デスにとってハイエロファントは―――他に類を見ない崇高な存在であり、その高みに近付く 者すらこの世界にいないということなのである。つまり、一番二番などという順位をつける必要な どない。彼女の中には法王の少年ただひとりしかいない。そしてそれは、揺るぎのない位置に 座しているという訳なのであろう。 まさしく、絶対。 魔導士の青年はそう思考を巡らせ、強烈な印象に茫然とする。 ここまでデスが彼を想っていたとは、推測を遥かに超越する事実であった。 思い通りの反応があったからであろうか、死神の少女は、ニッ、と不敵な笑みを浮かべる。 かなり肝が据わってると噂されるマジシャンでさえこの現状だ。もし他の連中がこれを耳にした のなら、如何なる状態に陥るのか想像に難くない。彼女の一言には、それほどまでの圧倒的な 気迫が込められていた。 その、直後。 デスのローブの裾が鮮やかに、宙に弧を描いて翻る。 何とか声を出そうとした魔導士を背中にして、彼女は裏庭を横切り、表通りとは反対側の小道 へと低い垣根を軽々と飛び越え、やがて姿を消した。 鐘の音も止んでいる。 風のざわめきだけが聞こえる、寂寞さに満ちた時間。 後に残されたマジシャンは、未だに動きを停止したまま、少しずつだが考えを整理し始める。 デスの歩んできた人生がどういったものか、知る術はない。だが、生温いものではなかったと の想像はつく。ハイエロファントはそれらをすべて理解した上で、彼女と逢っているのであろう。 法王の少年とはそういう人物だ。そういった、偽善の欠片もない態度や接し方が、デスの心に 直接的に訴えかけたのに違いない。 何にせよ、死神は法王を一途に想っている。 では、法王は死神をどう想っているのであろうか。 マジシャンは顔を上げた。ハイエロファントと話をしよう、と決意したのだ。 大聖堂二階の執務室で、魔導士の青年はハーブティーを口にしている。 目の前の大きな机では、ハイエロファントが忙しそうに、山積みの書類に手を伸ばして筆を走 らせていた。内容は判らないが、それらは法王の許可が必要なものなのだろう。 そういう状況でありながらも、少年はマジシャンの来訪を快く迎え、執務を止めることは出来な かったにせよ会話に付き合う気概を見せた。青年はありがたく応じ、出された温かい飲み物を 唇に運んでいたのだ。 そして、先ほどまで裏庭で交わされたデスとの語りを、一通り彼に聞かせる。 ただし、彼女がハイエロファントのことを表現したあの言葉は伏せることにした。 簡単に言えない重厚な語句でもあったし、デス以外の人物が法王に伝えるべき台詞ではな かったからだ。易々と漏らしてはいけない“真実”と断言してもよい。 ハイエロファントは笑顔でそれらを耳にして、おのれの裡に吸収したようだ。 暫く話を進めてから、魔導士は問いを投げてみた。デスのことをどう想っているのか、という内 容を彼に対して質す。 すると法王は、頬を赤く染めて頭を掻き、驚くほど優しい口調で告げた。 「デスはね・・・一言じゃ言い表せないんだ。僕にとって尊敬に値して、話をしたくて堪らなくて、 とっても綺麗で、いつも何処にいるのか気になってて、彼女の為に何かしてあげたくって・・・そ して・・・最高の女性だよ・・・」 そう言葉を繋げている最中、少年は何とも言いようのない微笑みを湛えている。 それを目の当たりにして、マジシャンはいたく感心した。 デスがハイエロファントを語った時の笑顔と一緒ではないか。 はにかんで、照れくさそうだが嬉しさを惜し気もなく放っている笑顔。 互いに相手を表現した語句は違えど、ふたりがどれだけの感情を込めてそれを言葉にしたの か、魔導士には容易に推測がついた。 それから、自分の中にあるひとつの気持ちと比較してみる。 最も親しみを感じ、同時に他とは一線を画した位置にいる女性―――ハイプリエステス。 マジシャンは、考える。 果たしてデスのように、ハイエロファントのように、彼女をあれだけ深く思慕出来るのだろう か。今現在の気持ち以上に、彼女を想い続けることは出来るのだろうか。 しかし、その自問は撤回される。 青年はすぐに、理論に随ってこれからの考察展開の道を開いたからだ。 （何、焦ることはない。このふたりはこのふたり、私は私だからな・・・） そう結論を出すと、彼は冷めかかった香の茶を一気に飲み干し、ふう、と溜め息を継ぐ。 それにしても、今日一日で様々な刺激があった。 おのれの裡で多方面に散らばっていた心の部品が、見えない糸によって手繰り寄せられて、 大きな塊へと変化したような安定感すら覚えていたのだ。 やがてマジシャンは、ある予定を立てる。 近い内にハイプリエステスと逢って論議を交わそう、と。 今度の主題は『男女間の幸せ』について。 |
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